K.D.ベネ、L.P.ブラッドフォード、R.リピット『感受性訓練−Tグループの理論と方法』「第2章 ラボラトリ法」の要約
ラボラトリ法という教育の方法は、教育上の技術革新である。
1、ラボラトリ法の諸目標
その一般的目標は、人が団体成員として所属、事業に参加する際の、参加の質を改善できる機会を与えることにある。そのためには自己の内的な諸要求や価値観、認知、資質について理解することが必要になる。また社会的(物理的)環境から、どのような機会を与えられ、期待をかけられているかに気づく必要もある。それだけでなく内部の諸要求と外部の要請を創造的に統合することも必要となる。
つまりいろいろな状況に対し統合的な仕方で適応的に反応する能力を向上させる必要があり、それには診断技術と適切な反応を生み出す社会技術が必要とされる。言い換えると外部の諸力に受動的に順応することを拒否し、外部環境を修正し変革することを目指す。
このラボラトリでは、参加についての理解と技術の習得が、学習者の関与する参加の諸過程を通じてのみ効果的になされうると仮定されている。トレーニングは参加者の参加を促す社会過程であり、参加者自らの参加の仕方に見られる不完全さを発見し診断できるよう助力与えるよう設計されている。またより完全で損傷を与えないような反応パターンを生み出し、吟味できるよう他者から援助を与えられるよう設計されている。そしてこの一般的目的の範囲内でスタッフは、個人の自律性と社会的効果性とを同時に高める努力を行う。
その重要で特殊な学習領域としては次のものがある。
(1)感受性を高めること
自他の情緒的反応、感情表出に気付く。こうした意識化がないと、人間の目標・価値観の行為などが全人としての実存と不協和になる。自己の潜在能力の開発という認識を持てず、それが達成できない。結果的に個々の状況という人間的要因に半ば盲目状態で行動してしまう。
(2)自他の感情に注意
自分の行為の結果を認知し、それを通じて学習する能力高める。そのために他者の行動から与えられる手がかりへの感受性を高める。フィードバック技法の活用能力の開発に力点が置かれる。
(3)社会的で、かつ個人的な意思決定や行為の問題に対する民主的、科学的アプローチと両立する価値観や目標を発展させるよう参加者を刺激
特に気づかずにいた自己の価値観の矛盾に、公の場で直面し、食い違いの解決の途中で、評価や批判を伴わぬ心理的支持が他者から与えられる場合に重要な学習が発展する
(4)自己の個人的な価値観、目標、意図を行為と結びつけ、内外からの要請と矛盾せずに行為できる道具として有効な諸概念や理論的洞察を発展させること
対人関係、集団状況を正確に感じ取り診断すること、自己の内部の感情・知覚と外部の出来事との関係を認識し、とるべき行動の選択が可能になるために、学習者は人間行動に関するたんなる常識論ではなく、理論を必要としている。
ラボラトリには行動科学の知見と方法論があり、こうした諸資源(=理論など)を参加者の背景と要求と適合し、かつ関連を持つような深い単位にまとめて呈示するように懸命に取り組むことがラボラトリの設計者に求められる。
(5)参加者の環境に対する行動のしかたを有効なものにする助力を与える
人間的努力の大きな無駄は、意図並びに診断と行動のアウトプット(影響)に脈略ない事である。<概念の学習、自己への洞察、価値の明確化、目標の設定>と<社会的相互交渉における表出に必要な行動技術の発達>が同時でなく、前者だけが先んじてしまうことがある。意図と行為のよりよい結合に資する行動技術の発達に焦点をあわせる。
ラボラトリでは個人のみが行為や変革を行う単位ではなく、共通の目標を達成し、自分たちの資源を統制することを学習しているチームは重要な行為単位と考える。つまりラボラトリでの学習結果の創造的かつ適合的な応用能力を持つ新しい社会単位やチームを育成することがラボラトリの中心目標となる。個人の成長とチームの育成という2つの目的が、ラボラトリの設計の中で統合されている。
ラボラトリのカリキュラムは人間組織のある単位が、変化に対する要求について評価することを助け、変化を創り出す方法を編み出し、試すことができるよう助力を与える目的で設定される。標的は個人、またはチームであり、期待される学習と変化の方向は、参加者の価値観、概念、感情、認知、戦略、技能を相互により統合的、かつ適合的に組み合わせることにある。このために参加者は、観察者、診断者、評価者、行為者、探究者の役割を交換し、逐次それらを経験してみることが必要となる。その役割の中で、脅威、無力さ、抵抗、強さ、幸福感、満足などの人間的感情を処理していく。
ラボラトリの究極の目的は学習者に「学習の仕方を学ばせること」にある。参加者は自らの学習過程の分析者になることが求められる。そこには学習を高めるために他者という資源を探し求め、それを活用する能力の開発を含むと共に、自ら他者の学習を高める資源となる。学習者を積極的でもあり熟慮的でもある、楽観主義的で協調的な自己同一性の獲得へ方向付ける。
そしてラボラトリ・スタッフは参加者と共に「再教育」という仕事にあたっている。参加者は集団成員、参加に関連する価値観、概念、行動をすでに学習している。しかし
過去の学習には、機能しているものもあり、していないものもある。つまり行動に生かされているもの、前意識的ではっきりした表現様式をとりえないまま保持されているものがある。再学習においては、先行学習の再体制化、古い行動パターンの新しい可能性に対する直面、自他の動機付けや感情に対する認識と理解、目標の訂正、行動戦略の修正にさいして見込まれる潜在的得失の意識的・無意識的探求が行われる。学習目標の達成には、新旧の学習・経験の関係を吟味し、それらを生かし育てる選択・総合を達成するという骨の折れる過程が含まれる。
ラボラトリは、参加者が人間としての同一性を明確にするための探求、成長に関する根本問題(能動性-受動性、依存―権威、同調―自律、変化―安定性)などについて研究を進める時に、彼らを支持するものとなるように設計される。多くの人が、個人の内的力動性、対人関係や集団関係、社会的行為などといった自己自身にかかわる諸問題を探求する機会を渇望していることは明らかである。組織の変容過程と個人の成長動機の調和をもたらす民主主義のイデオロギーと十分に合致した唯一のアプローチである。
2、ラボラトリ法による学習についての仮説
ラボラトリ法の理解においては、実践家の指針となっている学習の諸概念を把握しておく必要がある。参加者にも「学習の仕方を学ぶ」という概念が理解される必要がある。
学習を促進する一般的な妥当性を持つ応用可能な技術体系の基礎としては、行動科学の基礎分野を頼みにしているが、そこには異なる概念がある。実験心理学の学習理論、社会学・人類学の諸研究における社会化の理論、精神医学、カウンセリングにおけるパーソナリティ論などであり、相互の関係をほとんど認識していないことも多い。
学習に対するラボラトリ的アプローチとしては、以下のようなさまざまなアプローチから関連のある側面を引き出し、学習を促進するための統合的な社会技術学のモデルを引き出している。教育的諸機能が混乱した分離状態にあることに対する1つの文化的反応がトレーニング・ラボラトリの発達と言えるだろう。ただつぎはぎの折衷主義ではない。
(1)定型的学校教育とそれに関する学習理論
多くの伝統的学校教育を貫く前提は、固定化した文化的環境にうまく対処する情報・技能をまだ習得していない可塑性に富んだ学習者という考えである。学習とは学習者がそのような情報・技能を習得する過程であり、学習者の行動に測定可能な変化が見られる。これはソーンダイク、ハル、ダスリーなどの学習心理学者によって発展した。
一方ラボラトリ法は総括的学習観を持つ。ここでは学習とは学習者と環境とのやりとり、または相互交渉である。学習者と環境はいずれも固定されたものではなく、共に変容する。ただ強化とフィードバックなど学習心理学のモデルがラボラトリで重要でないことはない。「正しい反応」は正の強化を受け、学習者の反応レパートリーに定着し、「誤った反応」は負の強化を受けて消去されやすい。ラボラトリはこうした強化機能を果たす媒体としての「他者」を提供する。
いかなる反応が正しく適切かについてだが、相互に満足しうる適切さの標準の設定には、互いが互いの「環境」となる協働的相互交渉が必要となる。つまりラボラトリでは人々が学習者でもあるとともに、他者に対する環境としても機能し、刺激と反応が相互に調整し合うように刺激と反応の適切さをはかる標準ができる。一方従来の学習理論では反応の正しさは教師や文化が決定する。
学習者の探索反応の効果に関する即時的なフィードバックは強力な効果を持つ。学習集団が、反応をさし控え、歪曲する要因を識別し、かつ処理して、反応の抑制や歪曲を解消させ、フィードバックをより瞬間的で信頼性の高いものとするよう助力を提供すること、つまり学習集団により効果的なフィードバックシステムを作り上げることが妥当な学習が行われるための1つの条件となる。これは現実に直面することの精神衛生上の価値と信頼度の高いコミュニケーションの持つ民主的価値に奉仕する。
(2)精神医学とカウンセリング―パーソナリティ理論
カウンセリング的面接によって行動の変化を誘発する効果的方法には共通点があり、いくつかはラボラトリ法の中に組み込まれている。カウンセリング過程で進行する学習は「再学習」(過去の間違った学習の矯正)である。過去の学習は特に学習教材が自他の行動である時、現在の学習場面の内に力動的に機能する。過去の学習は面接過程においてさまざまな仕方で自らをあらわす。例えば他者の行動や意図に対する学習者の認知が歪曲される恐れがある。
精神科医、カウンセラーは学習者を助けて、こうした歪みが自己についての学習への1つの主要な通路としての意味を持つことを、学習者が洞察できるようにする。この際過去の学習は、他者の側からおこされる変化の誘発に対する抵抗として働く。カウンセラーや精神科医はこれらの抵抗が自己理解の重要な門戸であることを学習者が認識するよう励ます傾向がある。
こうした認知の歪みや抵抗への重視は、ラボラトリ法による学習過程にも組み込まれている。ポイントは変化に対する彼らの抵抗が、自分の特徴である要求・感情・価値を理解する1つの方法であることを熟考するように励まし促すことにある。精神科医、カウンセラーはメンバーと自分自身との関係に集中する。例えば理由なしにカウンセラーに不信感があるならこれを検討し、事実に基づいた関係が樹立するとともに、関係そのものに含まれる典型的な困難を洞察していく。
ラボラトリでも学習者と援助者の関係は、再学習の過程における1つの主要な内容である。この関係の質は、再学習過程に必要なコミュニケーション、自己開示の条件として機能する。例えば学習者がカウンセラーを信頼しないとコミュニケーションは抑制され、再学習を左右する重要な資料は利用できなくなる。
ラボラトリ法では学習の多くが一群の学習者の中で生起する。したがって研修内部の学習者相互間の関係にも同じように関心を持つ。相互的援助をよしとする標準は、集団自身の手によって、集団内部に樹立されねばならない。
(3)社会化と再社会化
人間の社会化のドラマは、理想的には依存の状態から自律と相互依存の状態への移行になる。人間の発達に関する1つの座標軸は、最初は権威への服従者として、後には権威の担い手として権威関係を処理する能力を成長させることである。青年期には、両親の権威に対抗するための盾として家庭外の仲間集団が用いられる。こうした仲間関係が仕事や市民生活や遊び、教育、宗教などを通じて個人生活に浸透する。
そして人間の発達は、仲間関係、権威関係との複雑な相互作用を通じて進行していく。ところで成熟した自律とは関係からの独立と同じではない。仲間関係、権威関係を変化させるという方向に向かって現実志向的に機能する能力や遭遇した諸問題を自己・他者の保全と成長を維持・向上させるように処理する能力なども含まれる。
社会化のドラマとラボラトリでの学習を関連付けるものに以下のものがある。
①依存から相互依存における自律への移行には、危機的位相(フェーズ)がある
不十分にしか達成されていない社会化の領域を成人期に持ち込む(権威関係、仲間関係)。ラボラトリでの経験は、他者に処する自己の行動戦略の再吟味となる。つまりラボラトリでは青年期においてなされた主体性、世界観、個人的充足感に関する決定が露呈しやすい。そして参加者たちを支持して再吟味しやすくするため、集団からの情緒的支持が与えられる。
②社会の加速度的変化によって再社会化が成人に対する絶えざる要求になっている
各自が自分の再社会化の問題の意識的な処理方法を学習し、こうした問題に直面するのを助けるべく開発された特殊な資源をも、意識的に利用する方法の学習が必要となっている。ラボラトリは上記の問題をいっそう客観的、合理的に処理していくための自分の仕方を改善できるよう援助を受けられる。(また援助を与える)
(4)小集団の理論と集団心理療法
子どもの社会化には、集団成員性の取得の問題(自己の価値志向、他者への基本的態度、人間関係の場で自らを処していく基本的様式)が重要となる。再社会化には集団内における成員性の発達が含まれる。ラボラトリの集団は外の集団とは違う集団標準を持つ。ラボラトリ法では集団作りへの学習者たちの参加を強調(自分たちで集団を作るので、成員性が重要になる)する。
学習者の内に変化を誘導する不調和は、ラボラトリの学習集団が持つ標準の要求とメンバーの現実の集団、準拠集団との標準の違いから生じる。トレーナーは、ラボラトリが促進するこうした葛藤に、学習者たちが直面するようはげましを与える。また学習者たちが葛藤を総合的に解決する方法を探し求める際に、葛藤を生の状態に保っておくため、情緒的支持と知的支持を与え、学習者が早急に葛藤を拒否するのを思いとどまらせようとする。
例えば参加者がラボラトリの非現実性、職場集団の持つ現実性を強調し「ラボラトリの外では役立たない!!」と考える時、標準の矛盾に直面させ、ラボラトリ学習を可能にしている諸条件についての生の知識を入手させる。学習を可能にしている諸条件は他の集団でも活用可能であり、これによって学習の転移が可能になる。
ところで集団心理治療者のクライアントとラボラトリ・トレーナーのクライアントには違いがある。前者=患者は意味ある関係において、普通以下の異常な形でしか機能しえない。従って集団心理治療の目標は正常な機能に到達、回復させることにある。一方ラボラトリのクライアントは1つの集団である。トレーナーの基本的関係は成員すべてに対して、1つの効果的な学習環境となるべく努力している集団に対し、コンサルタントとしての関係に立つことである。中心的課題は集団が個人の学習だけではなく、共通の学習をも支えてゆけるように、より適切な機能を発揮できるように集団と共に活動することにある。ただ、集団の中の個人の困難性を診断する場合には、個人の人格的力動を理解する必要もある。
(5)インターシステム理論―組織およびコミュニティに対するコンサルテーション
ラボラトリは当初は官僚制組織に類似している。当初はスタッフに関心が集中する。スタッフはラボラトリという組織の「ライン」リーダーとみなされる。つまり権威的人物として見なされる。このように参加者、スタッフの関係がはっきり類別される過程で示される投影的資料は、組織の権威、リーダーシップ、個人と組織の関係などの重要な学習材料になる。この分析は他の組織場面に対して転移可能な学習をもたらす。
システム理論はラボラトリの設計に一つの重要な役割を演じている。人間組織の多くのレベルに存在する(個人システムの間、集団システムの間、参加者・スタッフの集団システムの間)の対立・葛藤・混乱がすべて学習に利用される。
(6)アクション・リサーチと科学的方法論
ラボラトリ法の提唱者はリサーチを学習結果に到達するための1つの過程と捉える。リサーチとは知識のフロンティアに自らいどんで、そこでの事象に知的統制を試みる1つの学習過程である。
学習場面は、自分自身の問題や他者との関係に関する諸問題を明確化するために設定される。問題に対する解答は与えられていない。つまり解答はわかっていない。そのための資源は、問題についての思考を助ける概念的道具の形で、さらにフィードバックの過程および、「検証」過程の一部として提供される。また合意による妥当化の方法が取られる。つまり到達した合意をテストする過程や合意を形成するにいたる思考、コミュニケーションの質は集団によって絶えず批判され、吟味される。
こうした主張や見解が、ラボラトリの中で形をとったものがアクション・リサーチである。これは実践的問題を明らかにし解決する場合の科学的方法論の1つの応用的試みである。それは個人と社会の計画的変容の過程であり、行為の計画と結果の評価における共同研究の質に注意を向けた学習の1過程である。
(7)民主的な実践と民主的な理論
民主的な諸概念は、ラボラトリの目標、内容などを選択する際の「記述」概念でもあり、価値への主体的関与を作りだすものとしても機能している。科学的方法(価値)は知識の形成とその検証に関連した機能を持つ。民主的方法は個人・集団の行動を管理し統制することに関連した機能を持つ。上記2つの価値観は異なる秩序を持つが、ラボラトリ開発者はそれらの類似点を見る。
民主主義は、他者と共同生活する上での問題を協力して解決できる潜在能力を持つとする。ここには共通の問題は、その解決によって影響を受ける人々の参加がなければうまく解決できないという仮定がある。集団的取り決め、判断を最終的に決定する手続きは、合意による妥当化の手続きである。ただし合意がいつも正しいとは想定していない。それは誤謬をおかしうる。多数派、集団そのものの横暴や誤謬を防ぐために、いくつかの重要な安全弁がある。それは例えば集団があらかじめ意思決定に関する情報を準備すること、価値に関する特殊な枠組みに基づいて関連情報を吟味・解釈する方向において他者に影響を与えようと試みる成員各自の責任の強調などである。
民主主義は、自己に影響をもたらす意思決定の諸過程に平等に参加する自由が各人にあることである。これは法律と関連し、経済的、社会的、心理的条件に本来付きまとう自由な参加の阻害要因を除去することが重要となる。
実験的手続きによる実証の精神は、民主主義のイデオロギーに浸透している。代議員の権力行使は他者から常に評価される。投票した人(権限を委託した人)の権利は、一時的合意が将来の選択に対する足かせにならないようにする安全弁の役割を果たす。
社会的統制の一方法としての民主主義の核心である合意による妥当化の手続きと誤った合意を防ぐ安全弁は、人々の学習する権利と責任についての、学習を促進する方法についての仮説でもある。人々は集団による決定が新しい予期しなかった問題を招くことを学ぶ必要であり、また妥当な意思決定に必要な情報を集め、それを提供することを学ぶ必要がある。さらに証拠の解釈、証拠と適合した形式・配置を作りだす際に、他者と一緒にそれに参加することを学ぶ必要がある。これは価値の葛藤や勢力の抗争を直視し、建設的に処理することを意味している。事物を解釈する際に既成のやり方にとらわれていないかを吟味し、新しい情報や改めて明確化された目標ならびに価値観とよりよく調和する新たな方法を目指し、実験的に行動することを学ぶ必要がある。どれ一つをとっても自然に達成されるものはない。民主的考え方は広がったが、でも関連技術は計画的指導なしで学ばれている。ラボラトリは参加者を助けてこうした矛盾に直面させる。
ポイントは民主的方法論が科学的方法論ときわめて類似のものであるということである。達成された結果の合意による妥当化に窮極的に依存しているし、誤った合意が実践に移されることを防ぐ安全弁をつくりあげている。共に実験的アプローチを取り、関連ある個人的な経験やさまざまな解釈様式から可能な限り多くのものを引き出し目指す学習結果に組み入れる。民主的方法論は社会的統制の諸様式を作りだし検討する過程にも拡大適用できる。
ラボラトリは先行する価値選択が学習の妨げになると思われる領域で学習を働きかける。自らの認知能力だけでなく、どのような価値選択を持っているかをさらけだし、公の場の吟味にゆだね、個人の再構成を行うことができるように援助する必要がある。ラボラトリの民主的方法に対するかかわりは科学的方法論に対するよりもいっそう包括的である。ラボラトリは、価値への関与は妥当な知識に基礎づけられることが必要と信じる。それは科学的知識と方法論の使用を織り込んだ学習条件を確立することである。ラボラトリの中心目的はさまざまの制度的環境における人間問題の処理に、広く民主的・科学的方法論を活用することにある。
3、ラボラトリにおけるトレーニングと学習の過程
(1)ラボラトリ参加者のための学習の機会
・不満をテストし発見するための機会
参加者は自己の状況、行動についてのある種の不満を公式の学習経験の場に持ち込む。失敗への恐れ、受容についての不安、変化の予期せざる結果への不安などである。そこには深く自我が関与する学習場面に踏み込むことへのアンビバレンスがある。
ラボラトリに臨む際に直面する動機づけの問題は以下の通りである。
①自ら意識している不満の現実性と深さを調べることのできる1つの状況を準備する。自分の不満には真の原因があることに気付く。
②それまで気づかなかった不満、価値観・目標・資源・行動などの間の不一致に直面することに起因する不満に、個人が大胆に立ち向かえる場面を提供する。不満やそれらの根底にある諸仮説を検証する機会を持つことであり、人々が自分の課題に直面し苦痛を感じる状況を提供することである。
・目標と行為との一致を検証する機会
ラボラトリでは目標と行為との一致が観察され、受け入れられ、検討する機会を用意しなければならない。個人が行為でき、目標の複雑さを自由に討議し考えられ、目標と行為の関係の効果を研究できる環境があることが重要となる。
・変容の方向を設定するために協力する機会
目標と行為の間の不一致の原因つきとめ、変容の方向を決定し受け入れていく必要がある。自分の価値や動機づけにおける葛藤を明らかにし変容を促す、支援的援助が必要となる。
・変容への通路を決定する機会
行動変容への適切な通路を個人が模索していく過程はとても複雑であり、本人の手で、自分の能力と不安との関連で見出されるべきである。使い慣れた行動パターンを捨てる必要のある時には、依存を起こさない他者からの助力が必要となる。さまざまな通路を実験的に試みる機会、移行を阻む不安を開示し不安を軽減する機会が求められる。
・新しい行動の効果性を評価する機会
自己内部の反応だけではなく、他者からの反応を通じて助力を与えられること必要である。実験による検証と評価のための不断の機会を提供する必要性がある。
・新しい行動を実践し、内在化し、応用する機会
新しい行動が快適になるまで、古い行動様式への退行が考えられる。実践の機会は新しい行動様式の保持を助ける。学習者が行動変容の根底の原理を理解し自己の学習を拡大する状況が必要となる。
(2)学習と変容に対する障害
・安易ではやめな回答を求めること
伝統的教育では問題が学習者に認識される以前に解決が提示される。努力なしに他者に解答与えられる。ラボラトリでは逆に自ら何を学習する必要があるかを診断したり、提出された問題に自ら解決を見出していく必要がある。
・慣れた行動スタイルとなれない行動スタイルの葛藤
今までの行動を続けたいという心理と、新たな行動を試したいという心理の間に矛盾葛藤が起きる。変化のために自己概念や自己に対する他者の認知が脅かされ動揺したケースで発生する。その際参加者に自分の抵抗の基礎を理解させることが必要となる。
・自己閉塞状態の分解に対する抵抗
葛藤場面において個人は自己内部に閉じこもりがちとなる。こうした状況における役割行動は大事だが、一方それに閉じこもらず、自分自身の行動、価値観、欲求、知識、感情を統合するように状況を発展させることが必要となる。ラボラトリはそれを支援する。
・自己の考えや行動を他者に露呈することへの抵抗
自分の感情、思考内容を外に向かって表出することなしに、自己の行動変容が必要かどうかを認識できない。従って成員間の協働と信頼関係を助長し、自己開示の脅威を低減する必要がある。
・個人の心理的安定の欠如に由来する防衛反応
個人がすべての変化から防衛すると、学習は生じない。個人の自我防衛を低減させるような雰囲気づくりに努力することが必要となる。
・行動評価に関する技術の欠如
他者の援助を得て、自分の新しい行動を十分に吟味し、それを評価する経験がないと学びが生じない。ラボラトリはこの経験を与える必要がある。
・変容の方向を計画するための概念的構造の欠如
「人間の本性は変わるものではない」などの人間行動に関する常識は学習に対する抵抗に力を貸す。参加者たちが変容の方向を決定する概念的な枠組みを内在化させる機会が必要となる。
・援助的な諸反応を受けたり与えたりすることへのためらい
他者からの援助を学習過程の一部として正当化する先行経験がないと学びが生じない。信頼関係がないのにむやみにフィードバックが生じると不信感を増大させる。トレーナーは援助の相互交換が生じるように鼓舞することが必要である。また個人的フィードバックがあまり早く行われないよう抑制することも重要となる。
・ラボラトリと潜在的実用化の間の結合の欠如
ラボラトリと現実経験の乖離が大きいと、ラボラトリで習得したものを現場と関連付けて活用すること難しい。ラボラトリは学習を応用できるような援助を含むように設計する必要がある。
(3)トレーニングと学習の最適条件 トレーナーの視点から
・分析と学習の手がかりになる行動のアウトプットを産出すること
行為や相互作用を生み出しみんなで研究する場面をラボラトリの中に作りだす必要がある。それは改善・変化を必要とする行動パターンの吟味に役立ちうる状態の下で生じる必要がある。トレーナーは個個人がどこに課題を持ち、不適合感を持っているかはわからない。従ってTグループなどの学習成員たちが自由に相互作用する機会を提供する必要がある。
トレーナーは討議リーダーではなく、経験を学習に利用できる方法を見出すために力を貸す。Tグループではそのはじまりにおいて社会的真空状態があり、リーダーシップ、議題、手続き、期待などが権威によって作られていない。生み出される緊張の中で真空を埋めようとして、メンバーの行動上のアウトプットが増大する。意思決定方法も未発達でアイディアも集団に受け入れられないことがある。
あいまいな状況からの緊張で、他者の助力や貢献に耳を貸すことも困難である。やがて集団がみずから育てることができるある種の構造や組織を形成しようと努力し、これまで経験した事のない状況やジレンマと直面する。吟味、実験、再吟味の結果、以下のような集団の構造を生み出す。
・リーダーシップ、勢力、権威
・目標と課題
・諸手続
・意思決定に関する意見一致
・規範の設定
・個人の行動に対する期待
一方構造化された実習では、Tグループのような劇的な行動のアウトプットを引き出すことは難しい。
・許容と探求の風土
学習においては罰の脅威にさらされず行動しうる雰囲気、行動と結果をみなで考えていく雰囲気が必要となる。それには成員間、成員とトレーナーの信頼関係が不可欠である。それがないと自分の行動、認知、思考を語らせようとするトレーナーの努力に対し、防衛的にふるまう。信頼感は現在の行動、変化しつつある行動に関する資料を進んで収集し、吟味することを促す。
トレーナーは起こっている出来事に対して研究を進める方法の手本を示す。
①メンバーの行動への道徳的な価値判断を差し控える
②やっかいなメンバーの発言には耳を傾けず沈黙させようとする集団圧力には抵抗
③他者からのフィードバックはこれを快く受け入れる
④信頼関係の境界を拡大し、集団内に探求過程が確立されるように成員を励ます
・学習のための協働的関係
仲間同士の関係は学習に最大の重要性を持つ。トレーナーの役割は成員間に協働的な関係を発達させることである。集団の1人の特殊な成員として、トレーナーは自己の反応を集団と共有し合う。自分の行動に対する反応が他者からフィードバックされることを期待することできる。
・資料の収集と研究のためのモデル
資料収集の方法としては次のようなものがある。これらは集団の財産であり、資料の使用は集団によって計画される。
例 集団過程の諸位相に関する成員の認知の資料を収集する尺度および道具
過程のオブザーバー
特定の問題を診断するためにいくつかにわけられた下位集団
集団に起こる特殊な出来事への反応を比較し報告し合う成員間の2者面接
個人への反射
集団会合の録音テープの聴き直しなどの適用
トレーナーの機能は次の通り
資料を自分自身で収集すること
集団が資料収集の方法を開発し、使用できるように激励すること
資料を幅広く掘り下げて分析するように集団を激励すること
集団を促しフィードバックのシステムを発達=自他のいま・ここの行動に対するさまざまの成員の反応を認めさせ受け入れさせ、それらを集団にフィードバックさせる
・経験を理解し、体制化するための地図
学習においては、現在の経験と、過去の諸経験から積み上げてきている行動様式と関連付けが必要となる。ラボラトリに来る前の価値・概念的枠組み・偏見・判断・意思決定の様式が、参加者自身によって再吟味され、再評価される必要がある。そのためには再評価のための枠組み、検証され使用可能な理論が必要となる。
①組織内での人間行動を理解する認識概念 個人、個人と個人の間、集団、組織
②民主主義の諸価値を含む種々の価値的態度の基底にある諸原理
③人間的状況と診断と行為のモデル、チェンジ・エージェントに役に立つモデル
・新しい行動様式の実験的適用
新しい行動様式を実験的に試みる機会を持つことで、全行動様式の中に統合可能になる。試せない、失敗許せない状況では使えない。ラボラトリは試せる環境を提供する。
・応用の一般化と計画
ラボラトリでの経験が他の場面に応用されるためには一般化が必要となる。学習を阻害する力がある現場に学習を応用するためには、注意深い配慮と計画が必要になる。ラボラトリでは学習の移転の際に、それを支持したり阻害する場の諸力の診断のコンサルや助力が与えられる。診断と計画は参加者の責任でなされるが、助力が得られる。参加者は習得した洞察・知識を現場に使用し、そこで問題を発見し解決できるようになることが期待される。