その後このグループ・ダイナミクスはレヴィンの弟子たちに受け継がれ、やがてTグループが生み出されていくが、坂口(1989)はその思想的基盤にウィリアム・ジェームスの流れから来るプラグマティズムがあると指摘している。つまりレヴィンとプラグマティズムの代表的哲学者であるジョン・デューイの哲学がTグループのベースにあるとしている。
実際マロー(1972)もこうしたグループ・ダイナミクスが、ジョン・デューイの進歩的教育、つまり「行為によって学習する」という考えの実践から発展したと述べている。また坂口(2008)によるとオールポートがあるところで「アメリカ生まれの哲学者(デューイ)とドイツ生まれの心理学者(レヴィン)とが同じ考えを持っていた。すなわちデモクラシーの社会思想とその教育理念を持ち合わせ、両者とも熱心な実現遂行者であった」と語っているのを紹介している。
ジェームスは絶対的な真理概念を否定し、真理を自分の経験的認知が実際に役立つかどうかで見分けていくことができるものととらえた。従って人間は生きている間、経験とともに自分のために重要と思われる「意味」を組み立てながら、追い求める価値と行動目標をその都度創りだすことができる。
またデューイの教育哲学は、学習者の経験中心主義の教育実践であった。人間の成長とは未熟さや欠けているものを補うというものではなく、その可動性や潜在能力を伸ばすものである。親や教育者は子どもとの間に相互依存関係を創りだし、子ども自身がその相互依存関係から学び取っていく過程の経験を重視した。つまり学習者中心の学習過程に重要な鍵があると主張したのである。
デューイが主張する所のLearning by Doingという、行動することによって学ぶという経験主義は、行動の反復とその反省の思考というサイクル的な積み重ねによって学習を積み重ねていくのである。
ところでこうした経験主義的な学習の考え方は、ラボラトリーの実践ともあいまって、その後体験的学習または経験学習(Experiential Learning)の理論の発展をもたらし、成人教育にも応用されるようになった。この特徴は、いまここでの相互作用が引き起こす現実の相互交流の体験を、自発的に自ら学ぶという経験による理解を重視した学習であること、さらに学習が個別的でインフォーマルであること(学校における集合的で公的な学習形態とは反対)、学習が生涯行われるという生涯学習の考え方、そして知識中心ではなく全人格的学習であることにある。
そしてこの学習の方法として、フィードバックという電子工学の用語を援用し、学習の体験を具体的な事象から体験の内実化を通して一般化していく体験学習のサイクル(Experience,Identify,Analyze and Generalize)の理論が構築されていった。そしてこれは多くの論者の手を経て、後年コルブ(1984)によって経験学習のサイクルにまとめられていく。
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