●コロナ後の世界がどんな風になっていくのかを探る中で、『LIFE3.0』という本に出会った。これは物理学者のマックス・テグマークが、超知能AIが出現したらどうなるかをシュミレーションしたものである。彼はAIの安全性研究を主流にのせ、有名な「アシロマAI原則」の取りまとめに尽力した人でもある。
●テグマークによれば、生命には3つの段階がある。まずはLIFE1.0は生き延びて複製できる細菌のような生命である。この生命は個体の段階では変化に対応できない。次にLIFE3.0は自らのソフトウェアを設計できる人間のような生命で、学習によって言語や技術などを習得し、世界観なども改められる。
●しかし人間はハードウェアとしての身体を大幅に設計し直すことはできない。この進化というハードウェアの制約から逃れ、ハードもソフトもデザインできるようになる生命の段階がLIFE3.0である。そしてテグマークは、このLIFE3.0がAIの進歩によって誕生するかもしれないと考えるのだ。
●もちろんこうしたLIFE3.0への移行そのものをどう捉えるか、またこのことがユートピアを生むか、ディストピアに至るかについては様々な観点からの議論がある。しかし私がこの本で最も興味を惹かれたのは、このテグマークという人の生命観であり、宇宙観である。
●まず彼は「超知能AI」の誕生が生命の分岐点になると考える。これは人間の知能をすべてにわたって超えたAIで、自ら知能の改良に取り組める。いったんこのAIが生まれると物理法則などが次々に発見され、科学は飛躍的に進歩する。テクノロジーも物理的限界(例えば光速以上早く移動できない)まで進歩する。
●この中でLIFE3.0への移行も可能になる。そしてLIFE3.0になった生命が宇宙に広がることも可能になる。ところで彼は今地球に存在する生命はもしかすると唯一かもしれないと考えている。物理学者として彼はもし近隣の星に高度な生命体がいたなら、もう私たちは気づいていなくてはならないと指摘する。
●なぜなら超知能AIが誕生した星なら、短時間でテクノロジーは物理的限界に達する。そして宇宙へと乗り出すことが予測されるからだ。一方、あまりに遠くの星だと、宇宙の膨張により、地球の生命とは決して出会えない。光速で移動しても届かないからだ。
●こうして一人ぼっちの生命かもしれない私たちがもし滅びたなら、その後の宇宙は、観客のいない劇のように進む。つまり生命が持つ「意識」によって意義づけられることなく、意味なく物資の踊りを続けるだけになってしまう。宇宙の存在価値を意味づけるのは生命にしかできない。
●しかしもしこの地球の生命である私たちが、超知能AIとLIFE3.0を受け入れないなら、絶滅は時間の問題となる。最長でも太陽が冷えて生命が維持できなくなる間しか存続できない。彼はそうではなく、超知能AIによってLIFE3.0となり、この宇宙に生命を広げ宇宙に意義を持たせていきたいと願うのだ。
●だからこそ彼はこの生命を惜しむ。間違っても超知能AIの出現が、今の生命を滅ぼすことにつながってはならない。そのために彼はAIの安全性研究というこれまで傍流だった分野を、メジャーな研究領域にするために最大限の努力を重ねてきたのだ。
●これまで私は全く意識しないまま、例えば太陽の終焉が生命の終わりであるのは当然だし、小惑星の衝突などでもっと早く生命は滅びるだろうと思っていたことに気づいた。そして私は、もっと長いスパンでこの生命の行き方をイメージしている人がいるということに驚きをもって感じ入ったのである。