●温故知新という言葉がある。昔読んだ大切な文献であっても、しばらく触れないうちに忘れてしまっている所が出てくる。コロナ のおかげで時間的余裕のある今、こうしたものを読み直すことで、新たな意味を見出し、さらに自分のものにすることもできるのではないかと感じている。
●そこで今年はこのブログでもこうした温故知新の取り組みから生まれてきたものを書いていきたいと思う。具体的な文献としては、過去に読んだもののうち、今の私にとってラボラトリや日常で「今ここ」を生きるための血肉となっていて、今この時に生きる勇気や希望の湧いてくるものを取り上げたい。
●そしてその第一回目として『感受性訓練−Tグループの理論と方法』の第4章「ラボラトリにおけるTグループの歴史」(K.D.ベネ)を選んだ。それは「今ここ」で起きる体験を学習の源泉にするラボラトリ方式体験学習という学び方のルーツがここに書かれているからである。
●この第4章ではこの学び方が生まれた1946年以降、17年に渡る発展が書かれている。生まれた当初はまだ「今ここ」に起きる体験を学習の源泉にするという考えはなかった。その後のラボラトリの経験から、「今ここ」の体験から学ぶ学習のやり方として「Tグループ」が開発された。
●これは10人前後の人が小グループになって椅子を丸く並べて座り、時間と場所とメンバーという枠だけを決め、特に議題を設けず、司会などもなしで関わっていくという方法である。当初はぎこちないが、徐々に「今ここ」で感じたことを伝え合える関係が生まれ、グループ自体も成長して行く。
●この学び方が発見された際は、社会科学における大発見として捉えられたそうである。その証拠に当初のラボラトリであるBST(基礎的技能訓練)では非常に壮大な目的が掲げられている(下記参照)。しかし徐々にそれが過大であることが認識され、目的は絞られてきた。
●その際どこに焦点を合わせるかによって、ラボラトリは様々な発展を遂げた。臨床心理系の専門家が加わり個人の成長や関係に焦点を当てるラボラトリ、組織開発や社会変革などのスキルを学ぶことに焦点を当てるラボラトリなどである。この際、Tグループをどう使うかも色々な試行錯誤が行われた。
●またTグループで深い体験をした後、それを日常生活や現場でどのように使ってもらえるかを意識したラボラトリも多く試された。そしてグループにおけるスタッフの役割も多様であった。非常に多くの役割を求めるラボラトリもあれば、スタッフはグループに入らず自分たちでグループを診断させつつ進める方法も試された。
●こうした17年の経験を経た上で、ベネはTグループ運営の中心的主題について次のように述べている。「これはメンバー全員が相互に学習の促進に専念するグループであり、学習の主な内容は“いま・ここで”の行動的事象の中で展開するグループやメンバーの経験である。」
●「Tグループについて、少なくとも“いま・ここで”の集団内のエピソードや事象に焦点をあわせることにより、自己・対人関係・小集団の機能について学習を達成する上で重要であることを否定するものはない。これは実証済みの事実である。またTグループの相互交渉過程は、より大きな社会体系のダイナミクスについても付加的学習をもたらせてくれる。」
●さらにベネはTグループの1つの大きな流れとして次のような目的を挙げている。「感受性訓練は、文化的標準によれば“正常”であるが、実際にはこの文化的標準そのものによって複雑・微妙に影響を受けている人間の人格的成長を促進する方法であり、個人の全人格をたかめる方向を目指すものである。」
●私はこれを読んで、連綿と今に連なる模索がすでにこの時代からあったということを再認識した。そして色々な考え方やアプローチの違いはあっても、「今ここ」を大切にするという点には異論がない。これからもこの「今ここ」を大切に体験から学ぶというコンセプトを大事にしていきたいと感じさせられた。
<参考 1947〜1948年のBST(基礎的技能訓練)の目的>
(1)「変革媒体者としての技能、諸概念を習得する場所」
自分の職務が他人を援助することである人が、個人・集団についての理解、態度、技能に変化をもたらすために活動するには以下の基礎的技能が必要とされる
①変革媒体者が自分の個人的動機付けや「被変革者」と自分自身との関係について行う評価の技能
②変革や診断的過程の必要なことを「被変革者」に自覚させる技能
③行動、理解、感情を手掛かりにして、変革媒体者と被変革者とが状況を共同で診断する技能
④他人と協力してその問題を決定し、行動を計画しそれを実践する技能
⑤成功裡にかつ生産的に計画を遂行する機能
⑥活動・思考の方法ならびに人間関係などの諸領域において、全体的な進歩が認められるかどうかを測定・評価する機能
⑦すでに達成された変化を持続させ、拡大させ、維持させる機能
(2)集団の成長と発達を理解し援助することを学習する場所
①集団成員間の相互コミュニケーションの卓越性(自由な気持ちで防衛的にならず討議するため、共通理解や発言の意味内容についての敏感さと許容性をもつこと)
②集団の機能様式に対し、集団としての客観性をもつこと(集団がその集団の機能様態の分析と評価を行い、それを許容することができる程度)
③成員としての集団の責任を受け入れること(成員が各自の潜在的な貢献について感受性を高め、励まし合うだけでなく、リーダーシップの機能とメンバーシップの責任とを受容し共有しようとする意志を持つこと)
④集団の凝集性もしくは自我の強さ(新しい成員と新しい企画との同化作用を増大させ、葛藤によって崩壊するのではなく葛藤を活用し、集団の長期的な目標を保持し、成功や失敗から学ぶことができるのに十分な程度)
⑤自らを知り、かつ正しく思考することのできる集団の能力(集団の内外において資源を活用する能力。集団思考の誤りを発見し、それを正す能力)
⑥集団の新陳代謝のリズム(疲労、緊張、速さ、ペース、情緒的雰囲気)を発見し、それを活用する集団の能力
⑦集団成長過程において、意味あるソシオメトリックな諸要因を認識し統制し、それを活用する集団の能力
⑧メンバーの理想、欲求、目標を、集団の伝統、目標、理想に統合していく集団の能力
⑨必要な時に新しい機能や小集団を作りだし、適当な時期に集団の存在を終わらせることのできる集団の能力