温故知新〜「サーバントリーダー(The Servant as Leader)」ロバート・K・グリーンリーフ(1991)

●何週間か前に「サーバントリーダー(The Servant as Leader)」を読み直した。著者のグリーンリーフは優れた経営者として名高い。以下を見ていただくとわかるが、彼の説くリーダーシップはとても格調高い。それだけに私は最初近寄りがたい感じがして、ブログにも何を書いていいか思いつかなかった。

 

●もう少し言うと、私はとてもこんな強い人にはなれないと感じ、私には関わりがないと思ってしまったのだ。しかし別の仕事で“今ここ”が何を生み出すのかを考えていた時、ふとここで書かれているリーダーシップこそ“今ここ”を大切にすることで自然に生み出されてくる影響力なのではないかと気づいた。

 

●彼によれば社会を動かす活動を支える本質的な力は、奉仕し導く能力を持っている人々の信頼関係が醸成されることにある。つまりより良い社会が築かれるかどうか、すべてはどのようなリーダーが出現し、私たちがどのようにリーダーに反応するかにかかっている。

 

●だからこそグリーンリーフはより多くのサーバントがリーダーとして出現すべきであり、私たちはサーバントリーダーにのみ従うべきだと主張する。このサーバントリーダーは何よりもサーバントである。初めに奉仕したいという自然な感情があり、奉仕することが第一であり、その上で導きたい感情がある。一方権力欲、物欲のある人は奉仕を後回しにし、リーダーシップが優先される。

 

このサーバントリーダーにとって優先順位が高いニーズは、奉仕を受けている人たちは人間として成長しているか奉仕を受けながら、より健康になり、賢くなり、より自由になり、より自律的になり、自分たちもサーバントになりたいと感じているか。社会で最も恵まれない層に与える影響は?その人は恩恵を受けるだろうか?少なくともこれ以上搾取されないだろうか」である。

 

●こうしたニーズを実現するためのサーバントリーダーの役割は「常に誕生しつつある本質的な動きに目を凝らし、耳をすまし、そして待つ」ことだ。そして予言的な声を聴き、「自分たちが合理的で実現可能と思う社会と、本来社会に奉仕するために存在しながら、組織維持だけに動くあらゆる組織の愚行の間のギャップと激しく戦う」ことである。

 

●具体的には自らイニシアティブをとり、他者に方向性を示す。洞察力によって予見し、地図にない領域を進む。時に身を引いて本当に必要なものを見出す。粘り強く他者に耳を傾け理解し、共に歩む人たちに共感と無条件の受け容れを提供する。そして他人の重荷を背負いながら、先頭に立って道を示す。

 

回りの状況から感じとれる兆候を生かせるように知覚というドアを開き、すべての物事をありのまま見る。反対運動ではなく穏やかな説得によって一つずつ物事を進めていく。新たなコンセプトを作り、周りを癒しコミュニティを形成する。より大きく・より健康に・より強靭に・より自律的に成長する人たちの集団を作り上げる。

 

●こうしたリーダーが実際に担う役割はさまざまである。ある人は制度上の大きな重荷を背負う。又ある人は静かに一度にひとりの人間とだけ向き合う。いずれにせよそこでは人を支配するパワーではなく、サーバントの説得力と模範が機会や選択肢を与え各人が自律の道を歩めるようにする。

 

●グリーンリーフが説くこうしたリーダーシップはどこから生まれてくるのか。それがもし意志の強さから生じるのなら私には到達できない理想に過ぎなくなる。しかしもし今ここ”を大切にすることで自然に生み出されてくる影響力(リーダーシップ)なのであれば、それは私のような弱い者にも関係したものとなる。

 

●例えばグリーンリーフはサーバントリーダーはまず聞くことを学ぶ必要があると述べる。そして受け容れること、共感することが必要と言う。リーダーとともにいる人々は、自分を導く人が自分に共感し、ありのままの自分を受け容れてくれると、能力や成績を批判されてもぐっと成長する。

 

●これはまさに“今ここ”を大切にすることが自然に生み出すものだ。他者の今ここ”に起きている気持ちや想い、感じを大切に聴き受け取ることで、受容と共感は生じる。また同時に今ここ”で感じたことを伝えあう関わりの中で自分も相手もより自分らしく成長することができる。

 

●また今ここ”を大切にすると言うことは、今ここで現実に起きていることを見て、触れて、感じて、そのまま受け取ることでもある。つまり否定的な感情や、過去に作り上げた考えと相反するデータ、周りの人に生まれている自分とは違う想いを否定せず、そのまま受け取ることである。

 

●これは自分や組織の維持のために都合の悪い“今ここ”からから目をそらし、否定することがないと言うことだ。これによってその人は「誕生しつつある本質的な動きに目を凝らし、耳をすまし、そして待つ」ことができる。自分と人々、世界に起きていることをありのままに見ることができる。

 

●ここから自然に予見が生まれることがある。そして今後苦しむ人、困る人、人を苦しめる社会の問題などが見えた時、その人たちのために「何かできないか」という、止むにやまざる想いが“今ここ”で湧いてくる。その“今ここ”に応答する時、自分から動くと言うイニシアティブが生まれてくる。

 

●ただこうして“今ここ”を大切にすることは大きな危険を伴う。“今ここ”で湧いた気持ちや想いを相手よりも先に自己開示するのは決して簡単なことではない。受け容れられない怖さ、それを利用されて自らが傷つくリスク、不利になる危険を冒す必要がある。

 

●またあるがままに見ることから生まれる先見性は、多くの人の無理解にさらされる。例えば未来に起こりうる災害を予見し、備えようと訴えることは、多くの人にとって受け容れられない。予見できない人にはただの時間とコストの無駄でしかないからだ。だからこうした予見者はリーダーの地位にとどまることが難しくなる。

 

●さらに自分や組織の維持を大事にする人にとって、“今ここ”をあるがままに見てその事実を示されることは大きな脅威になることがある。見たくないものを見せる人には容赦ない攻撃が加えられるだろう。グリーンリーフの言うように“今ここ”を大切にすることには「激しく戦う」と言う側面もあるのだ。

 

●こうした困難にも関わらず、サーバントリーダーはどのように「奉仕する心」を持ち続けるのだろうか。その人の強靭な意志によってであろうか。これも私はそうではないと思う。“今ここ”を大切にすると、自然に予見が生まれ、想いが生まれ、他者や世界に関わらざるを得なくなっていく。

 

●「奉仕する心」はこのように“今ここ”に導かれて生まれてくる。こうして見ると、おそらくサーバントリーダーシップとは強い人のものではない。むしろ私には弱いがゆえに自分には頼ることができないと知っている人、だからこそ“今ここ”に自分を委ねそれを大切にする人に与えられる影響力のように感じる。

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